認知症患者さんと過ごした時間

高齢化にともなって認知症の患者さんは増えているようです。私の担当する患者さんの中にも数人の認知症患者さんがいます。重症度が増すにつれてほとんどの人が施設に入所していくのですが、夫婦2人生活の老々介護の中で暮らしている人もおります。

 

認知症患者さんの場合、先週まではご機嫌に暮らしていたのに今日訪問すると何やら険悪なムードが漂っているということも珍しくありません。特に夫婦間では療法士や看護師、デイサービスのスタッフなどとは様子がまるっきり違うこともよくあります。重度の認知症患者さんでも夫婦の間の関係と他人との関係はやはり一線を引いているようです。とてもそういうふうな様子がない患者さんでも、家族には暴言をはいたり、手が出たりすることもあります。

 

それでも自分ができるところまでは介護し続けたいという気持ちを家族の人は持っているようで、本当にいつも頭が下がる思いになります。だからこそ訪問リハビリテーション訪問看護のサービスに入った時には、患者さん本人はもちろん家族の人の心のサポートや実際にどう対応した方が良いのかなども考えて伝えます。患者さんにとっても家族にとっても他人との人間関係があるということは私たちが思っている以上に重要なことです。時々介護疲れによる心中などのような胸の痛む事件をニュースで見ますが、家族だけで追い込まれて悩みのはけ口がないと本当に心は雪だるま式に下り坂を下っていきどうしようもなくなります。在宅で生活している患者さんや家族をサポートする私たちとしては、そこをどう止めるかが大きな役割であります。

 

認知症自体は、いまでも診断は可能ですが有効な治療手段がまだ見つかっていない状況です。そして症状の進行は、どんな関わり方をしたとしても完全に止める事は未だできません。しかし症状の説明やそれに合わせた関わり方は伝える事ができますし、家族の心のフォローも少なからず可能です。

 

さて、そのような認知症患者さんのお宅をいつものように訪問リハビリテーションで訪れたある日のことです。ここ最近夫婦での散歩も少なくなり、外出することがなく、自宅でボーっとテレビを見てばかりの日が続いていたと家族からの説明でした。その患者さんは日常生活の中でトイレなどの失敗が増え、どうしたらいいのか分からず、ただただマイナスの感情をためていっているようでした。会話でもいつもと違って、怒声をあげたり、明らかに苛立ちを感じました。そこで一緒に外に出て歩いて近くの公園までいくよう誘ってみたら受け入れてもらえました。外に出て、歩いて、天気などの話をしているうちに、表情も柔らかくなり、いつものような会話ができるようになりました。たったそれだけのことでしかありませんが、話しかけ方を工夫したり患者さんの気持ちや言葉をすべて受容するように接することで、療法士としての認知症に関する知識や経験を出し切るようにしました。それで結果として患者さんは落ち着き、家族も安心し、笑顔で話せる時間を(その後継続しなかったかもしれませんが)得ることができたと思っています。

 

お金をもらい、医療専門職として働き、患者さんや家族からの信頼を受けている者として出来る限りのことをやっていきたいそういう思いを持って、ただただ彼らを裏切ることだけはないようにしたいのです。

 

新書なので一般の方にも分かりやすく説明され、医療専門職にとっても知識をまとめる意味でこれまで読んだなかで一番のオススメです。

 

知っておきたい認知症の基本 (集英社新書 386I)

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