訪問リハビリテーション日記

訪問リハビリテーションを仕事にしています。 進路に悩む若手療法士や学生に在宅でのリハについて知ってもらえるような内容を書いています。

訪問にたずさわる看護師が増える方法

将来的には今ある職種の多くが人工知能に取って代わるらしい。

 

しかしもし完全自動運転の自動車が実用化されれば、訪問で働く看護師の数は今よりずっと増えるのではないかと思っている。

 

私の仕事はリハビリテーション療法士なので、看護師の訪問とはまた状況が大きく違う。

ただ、病院ではなく患者さん宅に訪問するという形は共通している。

その訪問という行為で一番辛いのが、移動である。今でも自動車移動のところはあるだろうが、駐車場の確保や小回りがきくことから原付バイクや電動自転車などで移動するところも少なくない。

それが嫌で訪問を避ける看護師も多い。何と言ってもその多くが女性であり、日差しや

寒さは体にこたえる。

また体力的にも辛い。

 

ところがもし自動運転が普及すれば、人工知能で渋滞のない最短距離で移動し、患者さん宅にいる時は勝手に近くの駐車場まで行って待機し、訪問終了予定時刻になればまた迎えに来てくれるのだ。

トイレに行きたい時も最も都合の良い場所にあるトイレのある店や施設まで運んでくれる。

 

出来るだけ早くに自動運転の車の実用化してくれればというのが、訪問の仕事に関わる人間の希望である。

が、裏を返せば「移動」というのがそれくらい辛いということである。

よっぽどの理由がなければ、雨に濡れることなく、夏は涼しく、冬は暖かい環境で働く方を選ぶのが必然。

 

退屈な仕事と刺激的な仕事

世の中にはいろいろな仕事があって、退屈なもルーティンワークもあれば、ワクワクするような楽しい仕事もある。

そして同じ仕事の中にも時に退屈であり、時に最高に楽しいと思える瞬間がある。

 

私にとってリハでもそれは変わりない。まず刺激的で楽しいと思えるのは、初めての患者さんを評価しリハを行い、少しでも良い結果を出せた時である。

初回の緊張感の中、どこが問題で、どう対応すればいいかを予測して的中した時にはそれはたまらない喜びがある。

 

しかし、訪問でははっきりいって殆どの患者さんが大きな回復を経てきた人たちである。ほんの少しでも良い結果を出すことは、なかなか容易ではない。

そのような中で、ただ地道に励ましながら、必要だと思われるリハを継続する。

それは患者さんにとっても、私にとっても時として「退屈」という感情を抱かせることがある。

 

それでも続けていく中でわずかな改善が見られた時がチャンスである。もしかすると、まだ難しすぎる課題かも知れないが、少しの望みをかけて、その課題を患者さんにこなしてもらうのである。

失敗であるならば、どこが問題か再評価して、また地道なルーティンをこなしていく。

しかし、成功した時には新しいステップの始まりである。ついに出来るようになった!と患者さんから感謝の言葉をもらった時の喜びはこの仕事をしていて良かったと思う、最高にエキサイティングな瞬間である。

 

正直な話、退屈が9割、ワクワク楽しいが1割というのが私の今の仕事である。

しかし、この仕事をしていて幸せだと思わせる刺激的な1割の仕事は、9割の退屈な仕事によって成り立っているは事実である。

訪問歯科を通して知ったこと

訪問している患者さんの中で訪問歯科のサービスを受ける患者さんたちが何人かいる。

そしてその患者さんの全てに共通するのが車椅子での生活で、移乗動作に大きく介助を要するということだ。

 

歯科に行くとわかるが、まず治療を受けるためには治療台に移らなければならない。

この治療台は、まず高さがそれなりにある。そして基本的にほぼ体にピッタリサイズで大きさに余裕はない。

したがって、介助者がいたとしても車椅子からこの治療台に移るのはかなり困難である。

 

そういう訳で、私が訪問する患者さんで、訪問歯科を依頼している人たちは皆さん、治療台に移るのが容易ではない人たちである。

そしてサービス内容は主に歯科衛生士が定期的に訪問し、月に一度や治療が必要な時に歯科医師が訪問するというパターンが多い。

 

歯の健康は食事に直結する。

むし歯だけでなく、歯周病、正しく歯けているかなど早期にチェックすることで口腔内の病気を予防出来る。

 

治療を受けるのに制約はない方が良い。これまで自分が当たり前のように受けてきた医療サービスへのアクセスが困難な人たちがいるのだということを訪問歯科を通して知った。

 

成果主義について

訪問リハの世界では、時々「成果報酬」という言葉を耳にすることがある。

要するに、訪問した件数によって給与が増えるということである。

 

私の勤める訪問看護ステーションでも「成果報酬」の話が持ち上がったことが何度もある。しかし、現在のところ持ち上がるだけで、結局は廃案となっている。

 

バリバリ働きたいという人間にとってはこの成果報酬はとても魅力的な響きがある。

ただ注意しておかなければならいことも同様にある。

 

モノを売ってそれがその会社にいる会社員全員の仕事につながる営業とは違い、訪問リハは実際にサービスを行うのは一人だけである。

ケアマネージャー等への営業力のある療法士のみが多くの患者さんを抱え、営業力のない他療法士は少ない患者さん数となる。

暇な療法士はその内、その会社を辞めていくだろう。

 

営業力のある療法士は会社を通してではなく、直でケアマネージャーと連絡をとるようになる。

 

そうすると、徐々に会社内では黒く渦巻いた感情が生じることになる。

組織というものは、こうした小さなほころびから段々と大きな裂け目となって、人が去っていくということを、今の小さな訪問看護ステーションで働き始めて何度も見てきた。

 

そして成果報酬といっても、やり手の営業マン達のように、大きな報酬を得られるわではないということを忘れてはいけない。

療法士が得られるプラスで得られる収入など所詮数万円〜数十万円でしかないのだ。

数百万円、数千万円という、時に成果がない時の給与を補えるレベルからは程遠い。

 

求人広告の給与説明で、「成果報酬、多い人では600万円以上稼いでいます」などというのも、すぐには飛びつかずに、よく考える必要がある。

 

 

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多民族を受け入れること

先日アメリカ合衆国で、白人至上主義者らの暴動がニュースであった。

 

合衆国というと、「人種のるつぼ」と学生の時に習った。そして現在でも様々な人種が共に社会を作っているという印象をもっている。

それでもこういった事件が現在私たちの目の前で起きている。

 

翻って、私の住む国を見た時、外国人観光客や労働者の数は増えている。

だから以前より日本にいても、多民族というものを多少なりとは意識する機会が増えてきた。

 

そしてこれから日本では、生産年齢人口がどんどん減っていき、しばらくの間高齢者人口が激増してくという現実が待っている。

その中で人手不足が言われて久しい医療や介護の世界でも他国からの労働者の受け入れが少しずつであるが進んでいる様子である。

 

私たちは今以上に多民族との生活が身近なものとなっていくだろう。そのような中で、不慣れな私たちは、同じ社会を作っていく人間として互いに敬意をもって過ごしていくことができるだろうか?

 

日本のこの医療・介護の世界で働いていると、高齢者の中には今の私たちとは違った旧来依然の価値観を持っている人たちに多く出会う。

その言葉を一般社会で言えば、現在では確実に「アウト」だろうと思える言葉を普通に発する人がいるのが現実である。

 

旧来の日本人の価値観ではこれから生きていけないのは、若い層であれ、高齢層であれ同様である。

より良い生活のために、私たちは変わっていかなければならないのである。

 

金銭面での不安が自分の進路に影響している方へ

私がこれまで働いていた病院ではありがたいことに、退職金というものがあった。

ただし、それは定年までしっかり勤め上げた上で受け取れるものであった。

 

しかし私が現在勤めている訪問看護ステーションでは、退職金はない。退職金を払えるだけの経営体力がないのでこればかりは仕方がない。

 

病院を辞めて、訪問看護ステーションに勤めて大きく変わったのは、この退職金がなくなることと、賞与が大きく減る(あるいはない年もある)ことである。

しかしそういった変化以上に、訪問看護ステーションで働くしか自分にはなかったので、ある対策をとることで対応していくことにした。

 

まず、賞与に関してであるが、それは完全に諦めるという割り切りを持つことだった。まあ、欲しいものは月々の給与から貯金をして買うことにすれば車やブランド物など余程のものでない限り対応可能だ。

しかし、それ以上に対策が必要なのは、退職金についてだった。

 

病院時代に予想されていた退職金はおよそ2千万円程である。

かなり前から「投資」には興味があり、株式を買ったりなどもしていたので、「投資」とりわけ「積立投資」で60歳時点で2千万円以上の額を得られるようにしようと決心したのである。

もちろん、投資なので、損をする可能性もあるが、リスクを取らなければリターンもないのは承知の上だったので、自分に一番あった投資方法を見つけることにした。

 

現在ではその頃にはなかった、個人型確定拠出年金iDeco)など節税効果もある制度が出てきているので、それもしっかりと利用させてもらっている。(病院によっては、まとまった退職金という形ではなく、この確定拠出年金制度を企業として利用して、退職金として当てているところも出てきているようである)

 

療法士には「積立投資」やら「確定拠出年金」やらの言葉はなかなか縁遠い言葉かもしれない。

しかし、これから働ける世代の人口が減り、高齢者人口が急増していく世の中では、診療報酬や介護報酬はどう考えても増えていくことは不可能である。

したがって、医師でも看護師でもない療法士にとっては、病院勤めであれ私のような小さな事業所勤めであれ、給与の右肩上がりも現実的ではない。

そのような状況で、それなりの資産を得るためには「貯金」と「投資」は避けては通れないものなのだ。

 

結果的にではあれ、投資に関しての知識を得て早い段階で実践するような心構えを得られたことはかなり大きい。

 

もし退職金をはじめとする金銭面での不安が自分の進路に影響しているようなら、早い段階で「貯金」して、それから「投資」について勉強して、実施していくことをオススメする。

 

 

日本看護協会からの平成30年度の介護報酬改定に関する要望書について

日本看護協会が平成30年度の介護報酬改定に関する要望書を提出していた。


日本看護協会のサイトからその要望書を拝見させてもらうと、「訪問看護ステーションからの理学療法士等の訪問に係る基準の見直し」という主題のもと、次のような要望が書かれていた。

 

(1)医師の指示書の内容を踏まえ、看護師と理学療法士等が共同して、理学療法士等が実施するリハビリテーションの実施計画を作成すること(訪問看護計画と一体のものとして作成)
(2)訪問看護ステーションから理学療法士等による訪問を利用する利用者については、原則として同月中に1回以上は看護師が訪問してアセスメントを実施し、看護職員と理学療法士等の情報や方針の共有に努めること

 

これは、介護報酬改定に関する厚生労働省の資料でも指摘されていたことである。
訪問看護ステーションという名前の通り、主となるのは看護である。
その看護の業務のひとつにリハビリテーションがあり、それを看護師の代わりに療法士が行っているというのが現状の訪問看護ステーションから行う訪問リハの扱いである。

したがって、ある患者さんに対して看護師よりも療法士の訪問割合が多いケースが増加傾向にあるのは問題となる。

 

この傾向の理由としては、回復期病院を退院した後の患者さんへの継続的なリハや入院は必要ないがリハを行ったほうが良い人々への
受け皿の多くがが訪問リハとなっていることが挙げられる。
つまりニーズははっきりとあるが、それに対応するための手段が訪問看護ステーションからの訪問リハとなっているのである。

 

もう一つ理由として挙げられるのは、現状独立開業することができない療法士が、大きな理念なりお金目的なりいろいろな目的から
訪問看護ステーションという形を通して、実質の独立開業を行っていることが挙げられる。

 

大抵そういった所では、看護師は施設基準として必要最低限に揃え、後はどんどん療法士の数を増やしていくという形となる。

私もそういった療法士のリハがメインとなっている訪問看護ステーションに勤めているので、看護師の割合が少なすぎることは現在のところ問題であると感じている。
したがって、日本看護協会の要望書にあるように、看護師が同月中に1回以上は看護師が訪問することには大賛成である。

 

病状が安定している方等は、看護師の訪問を断るケースが少なくない。
しかし制度として必ず看護師が訪問して心身の評価を行わなければならない状況になれば、断ることはできない。

 

食わず嫌いとは言わないまでも、看護師による違った視点からのサービスを受ければ、身近に病気のことを相談できる看護師は自分にとって力強い味方になることを知ることになるかもしれない。

療法士による訪問リハの増加を、サービスの制限という形で抑制するよりも、より良いサービスに広げるために看護師のサービスを
必須にするということは良い案であると思える。

また、恐らく看護師の数をそれ相当に揃えない限り、療法士のみの訪問リハを増やすこともできず、適正な制限としてはたらくだろうし。